2025/07/23 00:12
【追悼】田宮俊作会長のご逝去に寄せて
2025年7月某日
静岡だけでなく、「日本」が世界に誇る模型メーカー【田宮模型】。その礎を築かれた会長・田宮俊作氏がご逝去されたとの報に接し、言葉を失いました。
公表前にまわりまわって耳にした訃報の衝撃は大きく、しばらく呆然とするばかりでした。
私が田宮会長と初めてお会いしたのは、今からおよそ35年前、18歳の頃。高校3年の時、田宮模型の入社試験を受けた際の面接でのことでした。数名の役員の方々が並ぶなか、一番右端にいらしたのが、当時社長の田宮俊作氏だったと記憶しています。
役員の方々との質疑応答のあと、最後に田宮社長から投げかけられた言葉が――
「君、色白いね。ずっと家にいたの?」
緊張で固まっていた私は、「あ、そうです」と答えるのが精一杯。にもかかわらず、私のつたないリアクションに田宮氏がくすっと笑ってくださった、その光景はいまでも鮮明に覚えています。
後日、届いた合格の電報には「ホシヒカル」。
当時の私には深く考える余裕もありませんでしたが、今思えば、なんとも粋でクリエイティブな合格通知だったと感じます。
初任地は発送部(現・物流部)で半年間。のちに宣伝部(現・デザイン部 グラフィックデザイン課)に異動し、退職までの12年間、タミヤ社員として多くの経験を積ませていただきました。
実は在職中には田宮社長と直接お話しする機会は、その入社面接と退職のご挨拶のみだったかもしれません。それでもその存在は、常に社内において絶対的な重みと尊敬をもって感じられていました。
むしろ、退職後にスタジオユーワを立ち上げてからの方が、イベントなどの場でご挨拶をさせていただく機会が増えました。とはいえ、退職してもなお残る“社員気質”からか、どこか気後れしてしまい、結局は深くお話しできずじまい。それほどまでに、田宮会長は私にとって、偉大で、畏敬すべき存在だったのです。
それでも、私が在職中にお世話になった多くの諸先輩方を通じて、「タミヤイズム」はしっかりと学ばせていただきました。
物づくりに真摯に向き合う姿勢。
決して妥協しない製品づくりへのこだわり。
そして、模型という文化に夢と誇りを託す覚悟。
その精神は、今もスタジオユーワのものづくりの根幹として、しっかりと生き続けています。これからもその想いを胸に、私たちなりの表現で受け継いでまいります。
田宮会長のご生涯に、心より敬意を表し、深く感謝申し上げます。
どうぞ安らかにお休みください。
本当にありがとうございました。
株式会社スタジオユーワ